会社は美しい心を表現するためのフィルター

会社という組織に属していると、自分の能力を活かしても、自分が一生懸命生み出した創作物も会社の手柄になってしまう。自分が頑張って良い創作物を発表したとしても、結局は上司とか先輩とかの手柄になってしまう。

 

会社の手柄になる

なんだ、オレが頑張って創作物を生み出したのに、褒められるのは上司とか先輩で、社会的に認められるのは会社なんだ。御社には、このような素晴らしい作品を生み出す従業員がいらっしゃるのですね! 素晴らしい企業ですね! と言われて会社としては誇らしいかもしれないが、それってオレが作ったやつじゃんね~と、いじけたくなるものだよ。これが世の中の仕組みなのかと斜めに構えてしまったりもする。

だから、会社を辞めて、フリーで働くことにしたという人も多いかもしれない。私は、そんなタイプだったと思う。だって自分でつくったんだもん。こっちに還元してもらうのが普通じゃんとか思ってしまうんだよね、そのときは子供の様な考え方だったし、こんな考え方は間違っているということも最近になって気付きました。

 

社会不適合なのか?

でも、冷静に考えると、私という人間は、会社という組織に属することが出来ない不適合者かもしれないと思ったりもする。というよりも、もともと会社という組織に属したいと思ってないし、必ずしも会社という組織に属さなければいけないというわけでも無い。良い学校出て、良い会社に就職をして、これで安泰で平和に暮らせると思ってません。

やりたい事があるし、続けていきたい仕事もあるけど、自分が思った通りに、自分が考えているままにやりたいだけ。誰かに強制的に手伝わせるとか、無理やりなことを押し付けることも無いし、自分の能力を活かして仕事をして、その対価としてお金を貰っているだけ。

なんともシンプルな生き方であり、誰にも迷惑をかけていない。

税金も納めているし、国民健康保険、国民年金保険、住民税、所得税もしっかりと払っているし。家賃、水道代、電気代、ガス代も滞納なんてした事が無いし。その他、使用しているデバイス関連使用料、インフラ使用料だってちゃんと払っている。

 

自分のライフサイクル

町内のドブ掃除にも参加してるし、近所の公園の草刈もやってるよ。不法投棄されないための見回りも交代でやってるよ。町内の氏神様のところには寄付してるし、お参りにも行ってる。お米とか野菜とか食材を買う時だって、同じ町内の小さな食材店で買うようにして、出来る限り自分が住んでいる町内でお金を使うようにしている。

町内のおばあちゃんからは結構な人気があるし。色々とやることがあるし、色々とお金は必要なんですよね。普通に生きているだけでもね。

そういった生活のサイクルというものがあって、その生活のサイクルというのは、その人の思ってることや、考えていることによって構築されるわけでしょ。

 

会社は非現実的?

会社という組織に属していると自分が思っていること、考えていることが具現化できなくなると思うんだよね。会社というのは組織だから、多くの人たちが従業員として集まるわけでしょ。それだけでも、普通じゃないと思うんだ。

小学校のクラスって何人でしたか? 40人くらいだったかな。 ひとまとめにして人間が40人居るだけでも限界。でも、会社というのは、もっと人が多くて、100人越えとか、200人とかになるんでしょ。今までに経験したことない数の人が集まるわけだから普通じゃないよ。経験したことがないし、普通じゃないからストレスとかさ、なんか疲れるんだろうね。

しかも、会社には町内のドブ掃除とか公園の草刈とかした事が無いという人も集まるわけで。不法投棄されないように見回りとかしたことが無いという人も多いわけじゃん。

町内のおばあちゃんから人気があるのか無いのかわからない人も居るわけでしょ。自分が住んでいる家、住んでいる町内で美しい行いが出来ないような人たちも居たりするわけだから、色々と問題起きるだろうなと思う。

別に、絶対に町内のドブ掃除とかしなきゃいけないとか、町内のおばあちゃんから人気を集めなければいけない訳じゃないけど。自分が住んでいる町で出来ないことを会社というフィルターを通して、やろうと思っても出来ないように思うんだ。自分の部屋とか、住んでる町の掃除が出来ないのに、会社で出来るわけないじゃん。やらないんだから。

 

社会貢献できているのか

だから、社会貢献をしていることを訴求するために、会社としても会社周りの掃除をしたり、ゴミ拾いをしていると思うんだけどね。自分から率先しないと無理だと思うけどね。

でも、会社としては売ろうと思っている商品、製品、サービスを人気商品にして、たくさん売りたい訳だし。だから、人気者になっていた方が、人気のあるモノが生み出せるんじゃないのかなと思ったりもする。人気というのは、チヤホヤされるとか、そういう事じゃないから。人気のあるモノというのは、人の心に響くものが多いから。やっぱり、美しい心が基本であり、基礎であり、必要不可欠なんだと思う。美しい心になれば、自然と人の気をひくことができるようになるし、人が集まってくるから。人の気を惹き付けるから、人気。ということで人気者になれる。

そもそもドブ掃除とか草刈とかゴミ拾いとかというのは、とても良い行いなんだけど、はっきりいってしまうとお金にはならないです。そうなんですよね。良い行いというのは、お金を儲けるということには直結しないことが多い。心を養うための行動というのはとても大変なんだけどお金にならないんですよね。でも、人としての心を磨くためにはとても大切なこと。お金にならないから掃除は絶対にしない、町内のゴミ拾いなんて時間の無駄だから、やらないという考えを持った企業が増えたり、お金にならないことは絶対にしないという社長が増えたらどうなるのだろうか?ということを考えると末恐ろしい。というか、少しずつそういう世の中になりつつあるんじゃないのかな。何かしたらミスをしても、そのミスを隠すし、謝らないし、反省する気も無さそうだし。企業としても人の心を理解して、美しい生き方、優しさを訴求することで、企業イメージもアップするだろうし、そういった気持ちが製品・商品・サービスにも反映されると思うんだけどね。ということは、お金にならないドブ掃除とか草刈とかというのは、やっぱり大切なんだろうね。

おばあちゃんに人気があるということは、おばあちゃん達に優しくしているからというか、高齢者に優しい行いをしているから、自然とそうなっただけであって、別に人気者になろうとは思ってないけど。

そもそも、私は会社という場所に行かなくても仕事ができるんじゃないのかなと思っていた方だから。

これからも、何があっても、貧乏でも、誰かに気に掛けられなくても、自分が信じているコトを追求していこうと思います。