IT関連、クリエイターなどが禅に興味を持つ理由

IT関連、クリエイターの人たちが禅に興味を持つ理由としては、ITクリエイターの人たちのなかでも人気の高かったスティーブ・ジョブズ氏が禅宗だったからという理由がひとつある。ITクリエイターだけではなく経営者、ビジネスマンからも人気が高かった。

いやいや、スティーブ・ジョブズ氏が禅だとか仏教徒だということが広く知られる前から、禅などに傾倒していたという人もたくさん居ると思う。私もちびっ子の頃から色々とやらされていましたから。

でも、現代に禅を波及させたのはスティーブ・ジョブズ氏でしょうね。それよりも前に禅を世界に広めたのは鈴木大拙先生だけど。

ただ、スティーブ・ジョブズ氏が禅を広めたからなのか、禅、仏教、日本文化なども見直されている。というよりも注目を浴びている。インバウンド観光が人気だというのも底上げを担っているかもしれない。そして、海外で日本文化の人気が高まってきているんだと思う。昔なんてデザインとかするのに日本文化がとか間とか余白を考えるなんてことは無かったからね。明らかに現代のデザインは、日本文化が海外で注目されて、外国の人たちに取り入れられて実用的になったと思う。そして、拠り良い日本文化として海外から日本に入ってきているように感じる。

ときに日本文化が禅であり、禅が日本文化であると言われることもある。そしてシンプル、簡素、簡潔、余白、間などが活かされている。シンプルなデザイン、考え方もシンプル、そのシンプルさが日本文化であり、日本文化の良さ。スティーブ・ジョブズ氏もシンプルな考えと集中を推進していた。自室には、ほとんどモノが無いシンプルで簡素な部屋だったということもよく知られている。

禅 は 示 単 と書きます。

単に示す。 それは単純に示すこと? それはシンプルに示すこと? 示 という漢字は神様や仏様の心が示されているという意味が含まれている。

禅画というものがあるけど、禅宗の教えや自分の内観に見えたものを表現するために描くと言われている。絵画だから、描くことを自分の頭のなかでイメージしなければ描くことが出来ない。そこにクリエイティブなハートがあるんだと思う。それは何かを創造すること、そのための心と精神。それが禅であり日本文化なのかもしれないし、示すということなのかもしれない。

つまり禅というのは何かをクリエイティブするというよりは、自分の心をクリエイティブするということ。そして、思考を、精神を、世界を、全てを、シンプルにクリエイティブするということなんだと思う。そして、世界を良い方向へ導くために示そうとしているのかもしれない。

現代ではデジタル・デバイス、ソフトウェアでクリエイティブなことができるようになった。そのクリエイティブさで何を表現するのか。心を表現するのか、それとも別のことを目指すのか。

スティーブ・ジョブズ氏はスマートフォンというデバイスで明らかに世界を変えた。世界を変えたということは、今までの世界とは別の方向へ進む世界を創造したとも言える。たしかにスマートフォンの出現により、生活が変わったと思う。便利になったし、いつでも情報を入手できるし、いつでも友人知人と連絡を取り合うことができる。

スティーブ・ジョブズ氏は禅の教えの通り、現代に良い世界を示しただけだったのかもしれない。

IT関連、クリエイターなどが禅に興味を持つ理由というのは、スティーブ・ジョブズ氏のように新しいアイデアで何かを生み出すことができると考えているからなんだと思う。

新しい世界は、新しい世代の人たちによって作られるんだろうな。

就職活動で思い出した

昨今、就職活動はとても大変らしい。

就職難、就活は厳しいとか、内定が無いまま卒業を迎えてしまったとか、色々な話を聞くけど。

今まで一生懸命勉強をしてきて、中には資格を取得した人も居るだろうし、面接に向けてスーツを買ったり、靴を買ったり、ネクタイを買ったりと色々な準備をしているはずです。履歴書だって、何社も面接を受けるのであれば、何枚も書かなければいけないし写真貼付必須の企業が多いので、何枚も写真を撮影しなければいけないし・・・地味に大変だし労力を要する。

なんで一生懸命勉強をして学校もしっかりとした有名校を卒業したのに、就職が出来ないんだって思うのは当たり前だと思う。その気持ち、すごい判ります。両親にも早く就職先を見つけなさいと言われても、両親が育ってきた時代と今の時代は明らかに違うわけだし、高度経済成長まっしぐらな日本ではなくなっている。

雇用をつくることが難しい時代、働くことが難しい時代、学校を卒業してもどこで活躍すれば良いのか判らない時代。先が見えない時代に突入してきたとも言える。

 

 

私の若い頃

私が若い頃はバブルが終わりに差し掛かっていた時期だった。でも、まだ世の中はバブルの余韻を味わっている状態だった。1980年代、昭和という時代だった。とにかく街中はBMWが多かった記憶がある。BMWというドイツの高級車がまるでトヨタのカローラのような一般大衆向けの自動車のように扱われていた。送ってもらうだけの彼氏のことをアッシー、食事を奢ってもらうだけの彼氏をメッシーという言葉も流行した。

タクシーに乗るにも距離とか関係なく1万円札とか払っていたし。夜の街もとても賑やかだった。ゴルフ場もラウンドフィーが高かった記憶がある。16,000円くらいでも安いという時代だった。今の時代は16,000円だったら高い。ゴルフ場の会員権も高かったし、預託金制度で集客をしているゴルフ場が多かった記憶がある。だから、今になって預託金が返金できないという問題になるのだろう。

そんな時代に学校を卒業して、狂った社会に放り投げられた。

バブルだったからなのか、直ぐに採用された。その会社、電子制御の部品や電子製品を製造していて、私は設計・開発という形で入社をした。当時はAutoCadというのが主流で、CADの資格を持っていたことが良かったのかもしれない。

皆、同じリクルートスーツを着て、似たような靴を履いて、同じ様なカバンを持っていたのが印象的だった。異なるのは目つきと姿勢と覇気だけだった。学校を卒業したばかりの小僧が一生懸命に世の中のために働くなんて志を持つことが難しいと思った。遊びに行きたいという気持ちの方が絶対に強かった。自分もそうだった。初めて入社した会社で感じたことは世の中って人の個性をまずは摘み取ることから始まるのかと思ったりもしてしまった。

バブルで仕事が山ほどあるからなのか人をたくさん採用していた。たくさん採用していたけど、半年後には採用した人の半分は退職していった。仕事がハード過ぎたんだ。今の時代でいうなら完全ブラック。残業なんて毎日当たり前だったし、土曜日出勤もあったし、新卒の右も左も判らないような従業員でも思いっきり駆り出されていた。勿論、残業するときも土曜日出勤するときも申請書みたいな書類を提出して上司の確認を得ていた。社内に労働組合があるような企業だったので色々な面で会社側と組合側と歩み寄りながら働き方を調整してくれていたみたい。残業代はしっかりと払ってくれる企業だった。1ヶ月の給料が新卒に支給される額とは思えないほど高給だった。もしかしたら今より良いのでは?と思ってしまう。これが、バブルなのかと感じた。世の中ってこうなんだ。そういうことだったのかと思い切り勘違いをしてしまった自分が居た。

今の時代のようにインターネットなんて普及していなかったし、携帯電話はとても高価だった。友人と連絡を取り合うのに、自宅に電話をしていた時代だった。友人に会いたいな、連絡取りたいなと思ったら自宅に電話をする。外出して不在であれば、どうにもならない時代。まだ、公衆電話があったしテレフォンカードも普及していた。今の時代とは違って、どこかの誰かに何かを相談したりとか、どこかで情報得たりすることが難しかった時代だと思う。パソコンはあったけど、PC-8801 とか PC-9801 とかが主流だった。一般的にはキューハチとか呼ばれていたパソコンというかコンピューター。インターネットはあったけどアナログが主流で、夜中はテレホーダイというサービスがあって、夜11時になると回線が使い放題となるアナログ回線のサービスだった。あとはISDN回線というデジタル回線があった。こちらの方が少しだけ回線速度が速かった。といっても64Kbpsだった。

自分が取り組んでいる仕事が良いのか悪いのかも判らないまま、与えられた仕事はこなしていた。設計・開発という部署だったので、新しい商品を開発したり、新しい商品に過電流を与えて耐久テストなどを行ったり、商品を小さく、消費電力を少なくするということを追求していた。新しい商品の試作品を作って、耐久テストで壊すということを繰り返していたが、それが本当に役に立っていたのかどうかは判らない。テストした内容のデータを取得して一太郎などに数値を入力してデータ化をして支社へ送る。その送るのがインターネットの回線 ISDN 64Kbs。仕事を終える直前に送信セットをして翌朝出勤したら送信完了しているという具合だった。

仕事であったとしても自分が一生懸命に考えて、自分が努力して作り上げた商品を耐久テストという名目により、どれほどの圧力で破損するかとか、どれほどの電流で漏電するのかテストされながら壊されるのは嫌な気分しか残らなかった。そういった仕事に対する感情もコントロールをしなければいけないということを覚えた。そして、インターネットの存在はとても興味深かった。

上司や先輩に変な人が居なかったのが幸せだったかもしれない。仕事はハードだったけど、仕事の細かなやり方や進め方は教えてくれなかった。というか、見て覚えろという世界だった。仕事のハードさを乗り越えるためのヒントなどを教わった。それが、自分にとっては役に立ったと思う。現場で慣れろ。習うより慣れろ。とにかく手を動かして仕事をしろということを教わった。後々、インターネットの存在が自分自身を導いてくれることになる。

一番、嫌だなと思ったのが、いきなりの出張命令。明日から1週間九州へ行ってくれとか、福島県に行ってくれとか、とても大変だった。GoogleMapなんて無かった時代だから、とりあえず新幹線の切符を買うついでに行き先の駅までの乗り継ぎ方法などを駅員さんに聞いていたりしていた。

あっちこっちに行かされていたけど、あまり疲労感が無かった。きっと、若かったからだと思う。若いと回復力もあるし、仕事で夜遅くに帰宅しても友人たちと飲みに行ったり、遊びに行ったりしていた。

人は長い時間、同じ様なことをしているモチベーションが下がってくる。人間関係が悪くなくても、給料が良くても、モチベーションが下がってくる。同じ日々の繰り返しだから。今の時代であれば、モチベーションを維持するためのコンサルとか雇い入れて社員教育とかするのだろうけど、当時はそういったソフト面のサポートは一切なかったし、うつ病という言葉自体も無かったように思う。あったかのかもしれないけど、社内でそういった病気の人は居なかった。

いつしか、何かに取り付かれたように、この会社でずっと働いてどうなるのかな?とか、部長とか専務とかになれるのかな?とか20年後もこの会社に居るのかな?とか考えると何故か不安になってくる。休むことなく働いて、しっかりと給料を貰っていても、将来が見えなくなることがある。それは、きっと目の前の仕事しか見ていなかったからかもしれないし、将来や未来を語って見せてくれるような会社じゃなかったのかもしれない。

なんだ、やっぱりオレは目先の仕事だけをこなすための働き蟻だったのかと思い出すと、あとはもう色々と決断するのが早かった。ある程度の役職も貰って、働き出してから4年目のころだった。石の上にも三年の時期は過ぎていた。

決定的な出来事としては労災隠しだった。試作品のテストなどをしていると部品が爆発したり、部品が飛び散ったりすることがある。そして怪我をすることもある。仕事中に怪我をしても労災扱いされなかった。そういったことが度々、起きていた。

来る者拒まず、去るもの追わずな会社だった。というか、それが普通だった時代。寮生活だったので、急いで自分の荷物を実家に送って、退職をした。

 

 

私が会社を辞めた後

辞めてからが大変だった。バブルも終わりを迎える頃だったし、多くの企業が縮小を考えていた時代。色々な会社に面接に行ったけど不採用ばかりだった。というよりも求人募集をしている会社がとても少なかったと思う。企業側もしっかりと働いて稼ぐというような人よりもアルバイトとかパートとか短時間で少なく稼ぐというような人を求めている傾向があった。企業にとって人を雇うということは責任が発生するし、一番コストがかかることだからだ。

以前、務めていた会社も結局は250人程度居たけど、人員整理をして半分にしたと、その当時の先輩から聞いた。後は、契約社員とか派遣社員で補っていくとのことだった。自分が、その会社を退職するのはタイミングだったのかもしれないと思った。

求人募集を見つける > 履歴書を送付 > 面接 > 不採用 という苦痛と疲労を生むだけのサイクルを何度繰り返したことか。不採用ばかりだと本当に気持ちが滅入ってくる。履歴書を書くのって意外と労力が必要だし、その当時は手書きでの履歴書が当たり前だったから、必ず自分で書いていた。履歴書に貼付する写真も何枚撮影したことやら。印象を良くするためにネクタイの色を変えてみたり、スーツの色を変えてみたり、これもまたけっこうお金がかかることだったりする。今の時代はどうなのか判らないけど、そもそも履歴書って不採用となっても返却されることを想定していない書類だったから提出したら、提出しっぱなしだった。不採用となったときに、ご丁寧に返却してくれるような企業もあった。面接に来てくださいって軽々しく言うけど、こちらとしては交通機関を使って行くのであれば交通費で必要なのになと思ったこともある。

嫌味な面接官も居たし、良い人も居たけど、皆同じ事を言う。不景気になってきたからね。即戦力が必要なんだよね。

資格を持っているとかじゃなくて、この仕事できるかどうか? という感じだった。つまり即戦力になるような人材を求めていたのだと思うし、即戦力になれれば人材育成のためのコストを削減できるから。

つまり学歴とかじゃなくて実力主義に時代が移り変わる頃だった。実力主義というか能力主義というべきかもしれない。学歴が無くても、出来るヤツは居たし、賢い人も居たし、仕事が出来る人も居た。そういった、学歴はないけど仕事をこなすための能力はあるというような、その人の良さを見出そうとしていた時代だったように感じる。

今の時代も学歴不問とか言われているけど、どうも昔とは少しニュアンスが違うように思える。結局は学歴で篩にかけているように感じるし、学歴があれば入社をして現場で叩き上げれば何とかなるかなと思っているのかもしれない。

何社も面接を受けたが結局は採用通知を貰うことは出来なかったので、自分で仕事をすることになった。設計も出来るし、電子部品とかにも詳しいし、壊れたテレビとか当時はラジカセとかCDプレイヤーが出始めた頃でもあったし、地元の電気屋さんに持ち込まれる電化製品の修理を自宅で手伝っていた。ちょうど、その頃辺りからSOHOという言葉が根付きつつあったし、フリーターという言葉も一般的に浸透しつつある時期だった。インターネット普及しつつあったし、Windows95からWindows98へ移行する時代だった。インターネットの仕組みのことなどを必死で勉強していた。そして、自室で電化製品をいじっているのも何だか気が滅入ってくるので、何かしたいなという想いがあって、ニュージーランドへのワーキングホリデーのビザが取得できるというのを聞いた。国から補助金が少し出るらしいということで、応募して当選した。半年ほどニュージーランドへ行った。英語を勉強をしたいという気持ちがあったけど、ニュージーランドではスキーとスノーボードとゴルフばっかりやっていた。日本へ帰国した時には冬だったので、そのままスキー場へ住み込みのアルバイトに行った。

スキー場ではスノーボードのインストラクターというか先生といか、一応スノーボード検定1級、スキー検定2級を取得していたので、修学旅行でスキー場に来た生徒たちを引き連れてゲレンデ・ガイドみたいなことをやっていた。けっこう面白かった。だけど、毎日スノーボードで滑っているとやはり疲労が伴うわけで、ブーツと足が擦れる部分が薄利骨折を起こしてしまった。

あとは小学校の頃からギターを弾いていたので、楽譜も読めたので某大手の音楽スクールでギターの先生をアルバイトとして働いていた。会社に勤めるより意外と稼げるなと思った。確定申告もちゃんとしたし。

今から18年位前の話し。今と変わらないのは、結局は自分の能力、個人の力で稼ぐしかないってことだと実感した。電化製品の修理も自分の知識と経験、スキー場でのインストラクターも自分の技量、頼りない英語力も自分の能力。

芸は身を助ける という言葉があるけど、本当だなと思った。

 

 

結局のところ

結局のところ就職活動って、その企業と働く人の相性が合わなければ無理なんだと思う。企業には、その企業のやり方があり、姿勢があり、DNAがある。そういった暗黙値を理解して働けるのかどうかだけなんだと思う。嫌だなとか、ここの会社ヤバイなと思ったら、辞めた方が良いと思う。不信感を持って働くことは出来ないし、会社に行くのが辛くなるだけで、会社に行っても仕事にならないと思う。会社にとっても自分にとっても何もメリットが無いという状態は避けたほうが良い。今は自分が面接をする側だったり、求人をする側なので、色々なことが判ってくるから、こんなことが言えるのかもしれないけど。

就職活動をサポートするとか、支援するとか、学校も国も色々な策を練ってくれるのだけど、実際に就職活動をしている人たちの役に立っていないように思う。無駄な策ばかり。きっと、それは実際に就職活動をしながら悩んでいる人たちの気持ちや想いを理解していないからだと思う。どこで、どのように、何が問題なのか理解していないから、とりあえずの就職活動支援しかできないのだろうと思う。

自分自身が就職活動で辛い経験をしたことがあるので、今の時代の若い人たちが就活が厳しいとか聞くと、他人事ではないような気持ちになってくる。そう思っていることが他人事なのかもしれない。でも、そういった経験をしたことのある私としては、やはりとても気になる。気になるというか自分自身が辛い思いをいてきているので、その経験がフラッシュバックすることがある。それほど、就職活動で苦しい思いをしたり嫌な思いをすると、引きずるものなんだと思う。

今、就職活動している人たちには諦めずに頑張って欲しいと思う。

 

 

夢とか目標とか無くても

夢とか目標とか無くても生きていける。ただ、生きている間に誰かに何かを言われなくても夢とか目標が出来るようになってくる。
私もそんなに紆余曲折の人生ではないけど、今は夢もあるし目標もある。

誰かに何かを言われようとも、就職難であろうとも、自分のチカラで生きていく方法を見つければ良い。それが、難しいんだけどね。でも、今まで努力してきたことは、必ず報われる。

頑張れ何があっても。
前進あるのみ。

負けてはいけいない。
挫けてはいけない。

きっと素晴らしい能力があるはず。
素晴らしい才能があるはず

畳の縁を踏んではいけない理由

畳には結界の意味があるとか言われている。それは、きっと九字を切って結界をつくることを言っているのかな~と思います。結界の意味が曖昧だったりするけど。

畳にはサイズがあります。
京間とか色々と言われていますが、そういったサイズはおいておいて。

畳のサイズは 「6尺3寸 × 3尺1寸5分」であると昔から言われており、長方形となっています。 その畳のサイズに合わせて家を建てていたという歴史があります。

この畳のサイズにはとても大きな意味があります。

6尺3寸 × 3尺1寸5分 は・・・
6+3  と 3+1+5
6+3=9 3+1+5=9
不思議ですね。
どちらも答えは9になりますね。

数字の9の意味 をもっと深く追求をしていくと・・・9という数字は最高位の意味があり、神道でも9は最高の数字。

中国での9は、九天、九重天の意味があり、実は皇帝のこと。

仏教というか、密教では九字を切って結界を作ります。
陰陽道にも精通する九字護身法です。
結界を張って邪悪な魔(邪魔・邪念)から本尊を守るという意味があります。

九字を切って結界というのは、両手で形を作って、臨(りん)兵(ぴょう) 闘(とう)者(しゃ)皆(かい)陳(じん)烈(れつ)在(ざい)前(ぜん)とか、おまじないみたいな感じのです。

映画とかで見たことあるかもしれませんね。
九字は流派によって少し異なることがあるけど。

私も子供の頃に習ったことがありますが、もう忘れました。
臨!兵! 闘!者!皆!陳!烈!在!前! と 唱えて、えいやぁー!!! と 刀印で切れば、結界が作れます。すごいでしょ。

刀印とは、人差し指と中指を立てて刀みたいに見立てること。

仏壇の置いてある家の人は聞いたことあるかもしれないし、知っているかもしれませんが、仏壇の置いてある部屋の畳には、畳結界というのがあります。

併せて、仏壇そのものに結界が張られていますからね。仏壇の中には結界敷というものがありますから。仏壇を粗末にはしてはいけないですね。

家を建て替えたり、家を選ぶときには、仏壇を受け継がなければいけないので、畳の部屋があると良いかも・・・というのは、この辺りの思想が受け継がれていると思います。

昔の日本は、畳を使える人は位の高い人、身分の高い人だけでした。
位の高い人を神として扱うような風潮があったからなのか、その神(位の高い人)を守るという意味で、はじめから畳に結界を張っておこうということで、6尺3寸×3尺1寸5分のサイズにして、9という最高位の数字を畳の中に隠すかのように取り入れていたのかもしれませんね。

日本古来では位の高い人、身分の高い人は神とされていて、そういった神と呼ばれる人たちの周りには、特殊な能力を持った人たちが仕えていて、上述した様々な知識を伝えていたと言われています。それが、陰陽師という人たちです。
念力とか神通力とか使えたみたいです。

さらに数字の9を深く究明していくと 後天定位 というものがあり、ネットとかで検索とかすると魔方陣だとか言われていますが・・・うーん。
魔方陣でも良いです。

縦の数字を足すと15になります。
横の数字を足すと15になります。

これが基本で色をつけて五行(木火土金水)十干、十二支を配置すれば八卦ですね。東西南北を付けて数字の位置が変わっていくということ。九星ですね。占いとか詳しい人には判るかもしれませんが、真ん中が五黄土星。このあたりは小難しくなっていくし、宇宙だとか、占いだとか複雑なことになっていくので、また今度で。 占いの基になった学問というか哲学です。

風林火山で有名な武田信玄も五行を取り入れていましたからね。
オマエは水、オマエは火。
水と火、2人は仲が悪いがチカラを合わせて戦うことが出来る・・・というように人心掌握に長けていましたからね。

つまり、相手の特質、気質を知ることが出来ます。つまり、気。それが、判れば気心知れるし、気が知れないなんてこともないし、気が合うようになるから、喧嘩もしなくなる。 現代は、こういった学問が無いので、気を勉強しないので、気が知れない、気心知れない、喧嘩する、争いする・・・そーゆーことです。

レッドクリフという映画があったじゃないですか。諸葛亮(諸葛孔明)が数日で何万本の弓矢を用意するときに船を出陣させるシーンがあって、諸葛亮(諸葛孔明)が亀の甲羅を見て、亀が汗をかいている・・・と言うシーンがありました。後天定位は、亀の甲羅の模様を基に考え出されたといわれています。レッドクリフの映画は、それを知っていて亀を登場させたかどうかは判りませんけどね。

日本古来には様々な知恵があったんですよね。
日本人ってすっごい頭が良いんです。
その賢さは私達が受け継いでるんです。
すごいことですよ。
ただ、昔から現代へ受け継がれていないだけなんです。

悲しいかな日本の昔の伝統、慣わし、風習というのは廃れつつあります。戦争で負けてGHQが設置されてから、日本の過去のことを葬り去られたと、大婆様が言っていたけど、本当にそうなのかも。

海外の文化がたくさん日本に入ってきて、海外の文化を踏襲しているけど、私たちのDNAには日本人としての伝統、慣わし、風習が刷り込まれていて、除夜の鐘をついたり、初詣に行ったり、七五三で氏神様(産神)のところに行ったり、お盆は墓参り行ったりしていますからね。

合格祈願で神社などに行く人も多いし、お守りとか護符とかを買う人も居ますし、合格できるようにと祈るはずです。お守りとか護符を買うということは、ご利益があると思って買うはずです。

祈ることが、既に念力ですよね。
合格できるようにと念じているんですから。

だから、むかしの陰陽師が念力が使えたというのは、本当かも?

ということで、畳の縁を踏まないという話しから・・・
畳の結界、仏壇の結界、九字護身法、陰陽道五行思想、陰陽師、念力まで一気に書き綴ってしまって、すみません。上述した様々な要素を取り入れて、畳の縁は踏んではいけないということです。

でも、昔の人は誰でも知っていた学問なんですけどね。そいうった学問、知識を取り入れた生活が普通だったということです。現代に伝わっていないだけで。

そんな目に見えないチカラなんてあるわけないと思われるかもしれませんが、昔の人たちは研究をしていたのだと思いますし、そういった思想が日本には根付いていますし、目に見えないチカラが在るとか無いとかというよりも信じる気持ち、信じる心が大切なんだと思います。 お墓参りにいって、自分の家のお墓を粗末にしている人なんて見たことが無いです。どんな乱暴者でもそんなことをする人は見たことが無いです。それって、お墓を粗末にしてはいけない、ご先祖様が・・・という気持ちがあるからだと思います。もしかしたらバチが当たるかもしれないと思っている人も居るかもしれません。それこそ目に見えないチカラに対する畏怖の念があるのでは?

こんなこと学校の先生でも知らないだろうと思いますから、憶えておくだけでも良いと思いますよ。

だって、履歴書に生年月日を書くのって日本だけですよ。
その理由とかも知らない人多いし。

PS~
私は宗教家とか変な勧誘とか、怪しい人じゃないですから、あしからず

武士道とは死ぬことと見つけたり

武士道とは死ぬことと見つけたり

葉隠覚書には、武士道とは何たるかが書かれた本。

武士道とは死ぬことと見つけたり・・・武士道とは死ぬことと思われそうですが、実は違います。

武士道とは死ぬことと見つけたりの意味を勘違いして特攻させたということが書かれている本も読んだことがあります。武士道とは死ぬことと見つけたりの本当の意味は、日本から海外に伝わり、悲しいかな海外から逆輸入で日本に入ってきます。

武士道とは死ぬことと見つけたり の 意味というか考え方としては、自分の生き方を 生 からではなく 死 から考えるということを説いています。私は70才くらいまで生きられるかな~と生から考えるのではなく、死から考えるということ。

もし、今日 死ぬのであれば髪の毛を整えておこうとか綺麗な着物を着て、下着も新しいのにしておこうとか、昔の武士、侍はいつも小奇麗にしていた意味がそこにあります。そんなことは基本的なこと。

もし、明日 死ぬのであれば今日一日 自分が精一杯何ができるのか? こういった行いをしよう、美しいことをしよう、人のためになることをしよう、皆のためになることをしよう・・・というように、死を見つめて生きることを説いており、死があるからこそ限られた時間を精一杯生きる、そして人として美しく生きる 悔いのない生き方をする、その道を見つけろということを説いています。

戦国時代が終わり、戦争の無い世の中になると武士は役人のような仕事が増えます。本当の意味で命をかけることが少なくなってしまったので、武士道とは死ぬことと見つけたり・・・その心構え、心組が書かれた本です。

現代のビジネスマンにも通用するようなことが書かれています。あくびの我慢の仕方とか、挨拶の仕方とか、相手との交渉の仕方、深酒をするなとか、そういったことも書かれています。300年も前から深酒注意・・・現代ではもっと注意しなければいけないのかもしれません。

300年前の知恵は侮れません。

スティーブ・ジョブズ氏も鏡に映る自分の顔をみて、今日何が出来るか、明日死んだとしても悔いの無い日を過ごせるか、素晴らしい仕事ができるかを自分に問いていた。これこそ自分の生き方を死から見つめていたと言える。武士道とは死ぬことと見つけたり・・・スティーブ・ジョブズ氏もその言葉の意味を知っていたのかもしれない。

こんなスティーブ・ジョブズ氏のエピソードなんて誰でも知っているから、スティーブ・ジョブズ氏の側近、会社のスタッフにはもっとそのような考え方が浸透しているだろうと想像がつく。それは、武士道を生んだ日本という国の日本の企業よりも武士道が浸透しているのかもしれない。

死を見つめて生きる 死から今生きていることを考えることなんて難しいし。でも、そんな生き方ができれば本当に美しい。美しいから皆が集まるだろうし、人にも好かれると思う。

どうにも腐りつつある日本現代の社会だからこそ、人としての本当の美しい生き方が求められている時代になってきたと思う。

腐った社会の中で美しく咲く華のように。華を咲かせるために呼吸して光合成をしている葉。

その葉の裏側で 隠れるように 誰にも知られずに謙虚に

美しさの裏側
華やかさの裏側

葉隠

これ、武士道なり

PS~
書籍の紹介

葉隠 上 (教育社新書 原本現代訳 113) 新書 1980/7
山本 常朝 (著), 松永 義弘 (翻訳)

新書: 314ページ
出版社: ニュートンプレス; 新装版 (1980/07)
ISBN-10: 4315401382
ISBN-13: 978-4315401387
発売日: 1980/07
商品パッケージの寸法: 17 x 10.6 x 1.8 cm

amazon
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肥前国佐賀鍋島藩藩士の葉隠覚書の方です。武士道にまつわる書籍はたくさんあります。