見えないところを見る能力

見えないところを見る能力は大切ですね。

見えないところを見るなんていうのは、透視とかじゃなくて、モノを作るということに関わっている人なら判ってもらえるかもしれないけど。

例えば、プログラマーだという人の場合。

プログラムコードを記述していきます。そして、プログラムを起動させて、どのような動きをするのか、不自然な動きをしないのかなどの動作チェック、挙動チェックなどをします。そして、バグ取りをします。もし、不具合などが見つかった場合には、なんとなくですが、プログラムのあの場所がおかしいのかもしれないなと瞬時に判ることもありますよね。

それは、プログラムのコードを見てもいないのに判ったりしちゃう。

もちろん自分で記述したプログラムコードだからさ、それなりの記述内容、設計、仕様などが頭の中に入っているから、この不具合はコードの1520行目の箇所かもしれないと判るのだろうけど。

それって、自分の頭の中にプログラムコードを想い描いていて、記述に誤りがあったかもしれないということに気付くということは、プログラムコードを実際にエディタなどで開いていなくても、頭の中にプログラムコードを描写をして、バグを発生させている箇所を頭の中で見ているんだろうね。そういった能力って素晴らしいと思います。

家電製品の修理でも同じ様なことがあるんだけど。

壊れたテレビの修理依頼をしたら、修理をする電気屋さんは壊れているテレビの症状を聞いて、そして実際に見て、もしかしたらあそこの箇所の部品が劣化しているかもしれないから部品を取り替えるだけで直るだろうと、気付くわけです。

それは、電気屋さんですから、いつもテレビの修理などをしていれば、壊れてしまったテレビの現状の症状を聞いただけで、何処に不具合が発生しているのかなどの原因か判るんだろうね。

でも、その時っていうのは、電気屋さんの頭の中にはテレビの中身の部品、配線、仕組みなどが想い描かれていて、故障している箇所に気付くわけでしょ。実際にテレビを分解しているわけでもないのにさ、自分の頭の中ではテレビを分解したかのようにテレビの内部の映像が描写されているんだろうなと思うの。

こういったことって誰もが経験があるはずです。

見えていなくても、見えなくても、少ない情報から原因を追究するためのヒントを頭のなかで探っているはずです。こういったことが出来るようになるには、慣れとか、経験が必要だと言われるはず。だからこそ、そういった経験、知識、能力を身に付けるために、石の上にも三年という言葉があったのかなと、勝手に思い込んでしまったりもする。

たしかに慣れ、経験は必要です。

でも、これって誰もが最初から持っている能力なんですよね。その能力に気付くか、気付かないかの違いだけであって、気付いていれば、もっと自分の能力に自信を持って良いはず。

見えないところを見るというのは、特に日本人は長けているみたいですね。モノづくりに関しても日本は優秀であると世界的に認められていますから。どうやら、目に付く外側だけではなくて、見えない内側を見るということに長けているのが日本人。それって、精神世界の話にリンクするような気がする。

日本人というのは、もともと内側を見ようとする文化のなかで生活をしてきましたからね。精神とか心のなかとか。目には見えないけど、存在するエネルギーのようなものを信じていたりもしますから、そういった信じるチカラが見えないところ見えるようにしているのかもしれません。

自分の目で見えるものを理解して、把握をすることは勿論のこと、目に見えない何かを見ようとすること、自分の内側を見ようとする文化が根付いているのが日本という国だから。

見えないところを見る能力というのは、現場で頑張る人たちだけではなく、経営者にも必要だと思う。いや、経営者だから必要になるのかもしれない。見えないことが多いから、見える化推進というのもあったけど。自分の会社の中で何が起きているのか見えないというのは、危険だと思う。

見えないところを見る能力を持っているという人は、ある意味すごい素質を持っているということなのかもしれないですね。